2016年8月28日日曜日

強迫性障害の相談②

山本様
返信ありがとうございます。
>>を加えて返信しました。
_____________________________
【以下私の解答↓】
>>

お忙しいところ、返信して頂きありがとうございます。


沖さまも、過去に日本語を発することができないなどの症状に苦しめられていたんですね。 心中お察しします。

恐らく、僕が頭の中に言葉を浮かべることができないのと、
沖様が過去に日本語を発することができなくなってしまっていたのは、少し原因といいますか、内容は違うのだと思います。

ただ、それが「強迫観念を起因とする」という点においては、通じるものがあるはずです。

>>私の場合は加害強迫が一番強く出ましたが、
ありとあらゆる強迫観念に苦しめられました。
もっともきつかったのが加害強迫でした。


>おそらく、会話言語を失調しているため、視覚言語(文章)が高度に発達しているのだと思います。
相当な域だと私は感じています。


これに関しまして、実際のところは「会話言語を失調」しているのではありません。

文章を書く時も、話すときも頭の中は全くもって変化はありません。

これら両方の行為を行うときは、どちらとも思うように言葉が頭の中に出ていません。
強迫観念が出続けているためです。


単純に、文章であればいくら詰まろうが、いくら書き直そうが(言い直そうが)、文章の読み手には一切その影響が出ないというだけです。
膨大な時間さえもらえれば、先ほどお送りしたメールのような内容も書くことができます。

一方、会話になると言い直しや言い淀みが当然ながらできません。
例えば10分会話するとして、そのうち数回程度なら言葉に詰まったり噛んだりしても問題ないと思います。

ですが、一文を話し終えるまでに何回も言い直したり、詰まったりしていたら聞いている方は確実に違和感を感じます。
人によってはいらいらして会話を中断しようとするかもしれません

会話においては、頭の中に言葉が思うように出ないことは聞き手にダイレクトに悪影響を与えます。

よって、文章では読み手に違和感を与えることなく相手に伝えたいことをできるかぎり伝えられますが、会話では不可能です。

会話をする際は、何十回も言い直したり言葉に詰まったら相手に露骨に「この人の会話、なんかおかしい」という印象を与えてしまいますからね。

こういった思考状態なので、たまたま会話する時だけ言葉が消えるわけではありません。

>>了解です。
言葉足らずで誤解を招いたようですが会話機能を失調しているというわけではないのは存じておりました。
過去の私もそうでしたので。


今の僕は、「頭を使おうとすると、すぐ強迫観念が出てしまう」という最悪な状態に陥っています。

会話には、 「頭を使う」という作業が(無意識的にせよ、意識的にせよ)絶対に必要です。

その為、いかなる会話でもすぐに強迫観念が出て、考えたいことが考えられなくなるのです。


普通の人の頭の使い方は、


①思考する


②会話する or 文章を書く (行動する)


という形が一般的だと思います。

一切頭を使わずに会話したり文章を書いたりすることは不可能な筈


ですから、①頭を使って②何か物事をし始める のが普通の人が行動する上での一般的な順番です。



一方の僕は、15歳から今に至るまでの11年もの間、ずっと



①思考する


②強迫観念が出る


③強迫観念を振り払うべく、強迫行為(脳内で)を行う、もしくは思考停止状態を作る


④強迫観念が出なくなったら、その間に会話するなり文章を書いたりする


⑤またすぐに強迫観念が出る


⑥再度③を行う


この一連の流れを繰り返しています。


見て頂いてわかる通り、途方もないぐらい余計なプロセスが介入してしまって、行動に至るまでに時間と思考のエネルギーが不必要に消費されてしまうのです。


すんなりと ①思考 → ②行動 ができないのです。


よって、会話をするとどうしても言葉に詰まり、時には言葉そのものが全く出なくなり、
文章を読んだり書いたりする際は、常人の数倍から数十倍時間とエネルギーを要するのです。



僕は、11年もの莫大な期間、この様に不必要に無意味なプロセスが存在する思考状態で過ごしてきました。


ただ、明らかに11年前と今とでは、強迫観念が出る頻度が違います。


昔であれば、上記のプロセスの内、


①思考する


②強迫観念が出る


までの時間は3分ぐらいあったと思います。


ですが、今はもう2、3秒ほどしか間隔が空いていません。


要は、思考しようとした瞬間に強迫観念がすぐ出て、そしてすぐ強迫行為をして、また強迫観念がすぐに出て・・・という状態になってしまっているのです。


そりゃ頭が働かないのも頷けます。
>>まずい状況ですね。それは。
高校生の頃の私がそれに近い状態でした。
運動の習慣をつければ、だいぶ改善すると個人的には感じます。
脳を鍛えるには運動しかない、という書籍に強迫性障害に関する運動の効果の事例も出ていたので
一度お読みになることをお勧めします。




しかも、です。


思考というのは、別に会話したり文章を書いたりする際のみに行う訳ではありません

顔を洗ったり、ご飯を食べたり、歯を磨いたり、化粧をしたり、身支度をしたりする時にも当たり前にしますよね。


顔を洗ったり歯を磨いたりしている間であれば、普通はちゃんと汚れが落ちているかどうか、洗うべきところを洗えているか考えます。
人によっては、顔を洗った後にする行動を頭の中で漠然と想像しているかもしれません。
もしくは、今日一日を振り返っているかもしれません。

ご飯を食べている間であれば、目の前のご飯の味だったり、香りだったりに意識を向けます。
人によっては、新聞か何かを読み考え事をしながら食事してるかもしれません。


この様に、数学の問題を解く時みたいに一生懸命頭を使おうとしなくても、人は何かしら思考します。



そんな、要は半ば無意識的に思考する場合にも強迫観念が出るので、なおさら頭が働きません。


もうそもそもの「意識」が僕には殆どないと言っても過言ではないと思います。

頭が働かない → 意識ない

と言っても問題無いはずですから。


常に上の空。

常に目の前にはない「恐怖」「不安」「嫌悪感」「不愉快な記憶」というものと頭の中で戦い、一日を失います。

「幸せ」「充実」などとは無縁の11年間を過ごしてきました。

>>私の考えでは強迫性障害は意識(超自我)が強すぎることに起因すると思っています。
酒を飲むとペラペラひとは良く喋るようになりますが、
言語流暢性は意識が弱いもしくは意識が弱まると高まります。
もっといえば強迫性障害の人は理性(意識)が強すぎている。
他方、普通の人は無意識が強いのだと思います。


>自殺は悪いこととは私は考えていません。


沖さんは自殺に対して、特に止めたりされない態度でいらっしゃるのですね。

僕も同じ考えを持っています。


さすがにこんな11年間を生きてきたら、自殺することを否定することなど僕はできません。
そもそも、僕自身が今自殺するかどうかの切羽詰まった状況に追いやられている訳ですからね。

ただ、当然ながら、本当はこんな状況になんてなりたくなかった。

死にたいと思って自殺する人間など、ほとんどいないと思います。
自殺せずにはいられないほどの、不幸で不運な人生を生きる羽目になってしまったから、人は自殺することを選択するのです。

日々何の後悔もなく、充実して生きたい毎日を生きれていたら、絶対に自殺するなんていう発想は出ませんからね。

>>自殺は悪いことではないと私は考えています。
死にたくて自殺するのではなく、生きていたくないから自殺を人はするのでしょう。
生きるメリットがなくなる、人生あるいは今後の勝算がなくなれば
昔の日本兵のように手りゅう弾を片手に集団自決みたいなことを人間はするのだと感じています。



>克服できる可能性は非常に高いと考えますが、


この言葉は、僕に非常に大きな希望と勇気をもたらしてくれます。

ただ、一方で懐疑的な気持ちもそれと同じぐらい持っています。
「本当にそうなの?」という、純粋な疑いの心です。

沖さん自身の人間性を疑っているのでは決してなく、「これ、治るの??本当に??」という疑問です。


例えば、


このYOUTUBE動画の強迫性障害に苦しめられている海外の方の症状は、一般的に知られている強迫性障害の症状とはかなり違います。


ただ、間違いなく強迫性障害です。

頭の中に侵入的に強迫観念が出てきて、それを打ち消す行為をひたすら行っています。


この彼も、沖さんの手にかかれば治すことができるのでしょうか?


>>可能性としてはかなり高い可能性で克服させられると考えています
私自身もあの出鱈目な状況からよくここまでなったと考えていますが、
これは一種の奇跡のようなものでした。
そういうことをふまえて、強迫性障害を消滅させた後の人生は薔薇色で、
楽すぎる毎日が待っていると表現したわけです。


僕の症状の場合も、一般的に知られている強迫性障害の症状とは少し違います。

間違いなく強迫性障害であることに違いはないのですが、強迫性障害に関する本などに僕の症例は載っていません。


もしこの彼も沖さんは治せると断言されるのであれば、恐らく僕もかなり改善するのではないかと思いますが。。。


>>断言はできませんが
克服できる可能性は非常に高いと考えます。
私が受け持った人はとうとう重度に近い強迫性障害の症状が消え毎日が楽しくなったといっています。
重度の強迫性障害を治すには麻薬クラスの威力を示す薬を飲まないと不可能です。
比喩として言っているだけで麻薬を紹介することはないので誤解しないでください)
たとえば、ケタミンが重度のうつ病に効くという研究が米国から発信されていますが、
私のYoutubeに説明がありますので観て見てください。
すさまじい効力を示す、しかも天然の物質、
知られていないものがあり、それらを最高の組み合わせで服用し、
それと同時に短い時間で良いので有酸素運動をする、という流れです。

>ほかに聞きたいこと、ありましたらお気軽にお寄せください。


沖さんの治療方針についてお聞きします。


沖さんはブログ記事にて、


「①強迫性障害を最も強力に除去するSecret Medicine(奇跡の薬たち)の最高の組み合わせ(カクテル)をお教えし、
それと並行させる形で②最高の効果を生む運動の方法をご指導します。」

と仰っています。

そしてまた、


「基本的に強迫性障害は遺伝的原因が大きいので、
Secret Medicineを最高の組み合わせで飲まないと克服できないと思って間違いないです。
考え方の癖を修正しても、暴露反応療法を行っても
その克服には限界があるのです。
症状は取れても先天的生まれ持った強迫性障害的気質は消えない。)」


という説明もされています。


これらの説明はつまり、


「強迫性障害というのは、たとえば

・ いくら手を洗っても汚れが落ちないのではないか
・ 玄関に鍵をかけたか、何度も執拗に確認に戻る
・ 運転中、人を轢いてしまったのではないかと何度も車の下を確認する
・ 自分の目を自分で刺してしまうのではないかと恐れる
・ 他人に笑われているのではないか、馬鹿にされているのではないか気にする
・ 自分が宗教的、道徳的に反した行為をしてしまうこと、考えること、言ってしまうことを恐れる
・ 4や9などある数字が不吉に感じられ、どんな行為もその数字の回数になることを避ける
・ 「お金を落としたのでは?」とか「お金が盗まれたのでは?」と、自分のお金や物などが取られたりしてないか心配になる


などなど、大まかには分類できるものの、人によって実に様々な症状がある。

しかし、色んな症例はあれど、これらは「脳の機能の障害」が生み出している産物であるため、
結局のところ薬を飲んだり、薬が効きやすくするための運動をしない限り、根本的には解決しない。

よって、

こういった強迫性障害を治せると謳う商材等は、結局のところ役には立たない」


という風に解釈できるのですが、この理解で問題ないでしょうか?


>>強迫性障害に関する情報商材はすべて詐欺です。
限りなく軽症の人であれば治る可能性はありますが、
強迫性障害も重度のそれでは脳の先天的障害が間違いなくあるので
薬を飲まない克服法はありえないです。
それは先天的な腎不全の患者が週に数回以上病院で人工透析を受けないと生きていけないのと
同じ話です。
克服したよ強迫性障害というブログも情報商材の業者がSEO業者委託して作られた
ステマの一種です。



問題がないのだとしたら、仮に僕が沖さんの個人指導を受けるとなった場合、
沖さんは僕の強迫観念や強迫行為の内容を具体的に聞いたりすることはないということになります。

「必要な薬を飲み、適度に運動する」

これが沖さんの治療方針だからです。


でも、果たしてそれで治るのでしょうか?

その方針で治療を進めれば、脳の状態が適切になり、結果強迫観念が出なくなるのでしょうか?


>>具体的な強迫性観念ですとか過去に受けたトラウマ、家族の問題など
すべてお聞きし分析(アナリシス)もやっています。
脳の状態が正常になればなるほど、どういった強迫観念もでなくなります。
いや、出なくなるというより気にならなくなる、というのが正しい表現です。
普通の人にも強迫観念は生じていますが、
彼らはそれを気にしていない(流している)。
それと同じ状態になる感覚です。
どういった類の種類の強迫観念も気にならなくなるので
普通に普通の人と同じように生きれるようになるという形容が正しいと思います。



例えばこのサイトのこの記事の中ほどに


「この場合、まず強迫観念が不条理であることを自覚するだけではなく、
この強迫観念のどこが不条理なのか、非現実的なのかを、
しっかりと頭に思い浮かべ、より現実的な思考を自覚する必要があります。
今回の場合ですと、以下のようになります。

「お金が誰かに盗まれたのでは!?」
     ↓
「自分以外、誰も自室に入って来ていなくて、
誰かが財布に触れた可能性は皆無なのだから、お金は盗まれていない」

というように、頭の中に自然に発生する強迫観念の、おかしなところ、
不条理なところ、非論理的、非現実的なところについて、しっかりと否定し、
論理的、現実的な解答をしっかりと思い浮かべ、自分の頭に刻み付けてください。
そうすることで、強迫観念がおかしいことを自覚し、また、そのような、
おかしな観念が思い浮かぶのは、全て病気のせいなのだと自覚します」


という説明があります。

誤った思考回路、健常者の方が絶対にしないような思考プロセスを適切にし、正常に戻すことが重要だと言っている訳です。


簡単に言えば、植え付けられたトラウマから生じる強迫観念を取り除くためには、そのそのトラウマを払拭できるような考え方を頭に刻み込む必要があると言っています。

でなければ、過去の嫌な経験により、「また○○にならないかなぁ。。。」という不安の観念が永遠と出続けてしまうから。

「今こうしている間に、だれか嫌な奴に物やお金を取られたりしないかなぁ。。所持品を潰されたりしないかなぁ。。。」

こういった不安な考えが出続けると、もういてもたってもいられなくなるから。

だからこそ、「○○なのだから、大丈夫!」と、自分を安心させることができる考え方を頭に刻む必要があると。




僕個人的には、「脳機能の障害を、薬や運動等を用いて治す」ことよりも、こういうアプローチじゃないと治せないと思うのです。

>>それは違うと思います。
脳の機能障害は思考の癖だとか過去のトラウマを除去するというような
認知療法的アプローチやカウンセリング的手法は全く無意味です。
脳の機能によって強迫性障害の症状がでている。
とどのつまり、脳の機能が先にありきなわけです。
認知療法や暴露療法で脳の配線は変わりますが、ある程度、というレベルです。
これはたとえばある日本人がいくら白人のように瞳の色が青くなりたいと願ってみても
不可能であるのと同じ話です。

人間の幸せを感じやすい感じづらいは生まれつき80%以上は決まっているという
研究がありますが、私はこれを肯定しています。
生まれつき強迫性障害脳を持っている人がいくら認知療法や暴露療法を行ってみても
ある程度までしか改善しませんし、
風呂から6時間も出てこれないなんてレベルの人には歯が立たないのが実情なのは山本様も
わかることと思います。

やはり、薬(天然の物質がほとんど)と有酸素運動の習慣をつけることをしていくことが
唯一の克服の方法です。


沖さんがブログで仰ってる

「考え方の癖を修正したり、暴露反応療法を行っても個別具体的な症状は拭いされるが、先天的に生まれ持った強迫性障害的気質は消えない」

というのは、僕は専門家ではないですが事実だと思います。


ただ、基本的にトラウマに起因する強迫性障害は、「○○だから、大丈夫」という自分を安心させられる考え方というのを第三者の力を借りて見つけないと、
一向に治らないような気がするのです。


強迫性障害で苦しんでいる人は、多くの場合自己防衛本能が強すぎるのです。


汚されること
傷つけられること
盗まれること
奪われること
壊されること
馬鹿にされること

こういった被害に、何としてでも遭いたくないのです。


逆に、

汚すこと
傷つけること
盗むこと
奪うこと


こういった被害を他人に与えてしまった結果、自分が責められ、自分が悪者になるという被害に遭いたいないのです。


それ故に、「○○だったらどうしよう」という予期不安が過剰なほど出てしまい、いてもたってもいられなくなる。


この心理状態というのは、本当に薬と運動だけで改善するものなでしょうか?


>>治ります。
要はトラウマを受け付けない脳の状態にしてしまえばいいです。
世の中には途轍もないほど悲惨なトラウマを経験しているにもかかわらず、ぴんぴんと健全に生きている人もいます。そういう強く健全な脳の機能を獲得すれば過去のトラウマも容易に受け流せるようになります。



いくら「脳が強迫観念を生んでいるのだから、脳に直接アプローチする薬が必要」と言われても、
無尽蔵に沸き続ける不愉快で不安や恐怖、嫌悪感をもたらす考えが出てこなくなるようには思えないのです。


まだ沖さんの個人指導をお金を払って受けている訳ではないので、僕を今現在苦しめている強迫観念の内容の説明はしませんが、
いくら考えてもこの強迫観念が出てこなくなる未来が見えません。


もし「出てこなくなる」というのであれば、それはもう記憶喪失になって、中学入学後から今の今までの過去の記憶が全部吹っ飛ぶぐらいしかないように思われます。



例えば「地震」という言葉を聞いた時、今生きている日本人であれば「東日本大震災」や「熊本地震」などが連想されます。
そして、それぞれのキーワードに関連する記憶が想起され、その瞬間は頭の中がその記憶を占めます。
死んだ人の数かもしれないし、失った家、仕事かもしれません。
原発が浮かぶかもしれませんし、福島という言葉が想起されるかもしれません。


また、例えば「スポーツ」という単語を聞いたとしたら、それぞれその人に関係があるスポーツ、その人が興味あるスポーツが連想されます。
その後で、そのスポーツに関連する記憶なり情報が想起されて、その瞬間意識はそれらに向きます。
ある人は高校野球かもしれません。
バレーボールかもしれませんし、バスケかもしれません。
嫌な経験をしたサッカー部での思い出かもしれません。


他にも「会社」という単語を聞いたとしたら、それぞれその人に関係のある仕事などが連想されます。
もしその会社という場所において嫌な経験をした人であれば、どうしてもその嫌な記憶が出てきてしまうものです。


「数字」という単語を耳にしたとすれば、もしかすると嫌いな数字が頭によぎるかもしれません。


沖さんの指導の下に治療すれば、こういった「連想」の部分が出てこなくなる、と理解しているのですが、果たしてそんなことが可能なのでしょうか?


>>連想が完全に出てこなくなるというのは禅の高僧やヨガ行者以外不可能で、
普通の人にも同じような連想が沸いています。
ただ普通の人はあまりそういう連想を気にしていない。
これと同じ状態になるという感覚でお分かりいただけるでしょうか



強迫性障害で苦しんでいる人は、とにかく「嫌な考え」「不安や恐怖をもたらす考え」がひっきりなしに、それも「病的に」出ています。

自分では止められないのです。

それを「脳を適切にすれば」止められるとおっしゃるのであれば、それは奇跡に近いんじゃないかなぁと僕は思います。


どうなのでしょうか?


>>そういう意味で、
奇跡の薬などという表現をしていました。
とにかく私が山本様にお伝えしたいことは強迫性障害は
薬を飲まないと先天的な糖尿病患者のようにどうにもならない。
認知療法や暴露療法、カウンセリングは気休めにしかならない、ということです。

わからない点、聞きたいことなどほかにありましたら
お気軽にお寄せください。
何度でもお答えいたします。

敬具


非常に長くなり申し訳ありません。


また返信頂けると助かります。


あと、できればでいいのですが、今回また長くなってしまったので返答して頂ける際は

> の記号なりなんなりを使って引用して頂いて、
それに対して返信して頂くという形(ちょうど今このメール内で僕がしているように)を取って頂けると、かなり助かります。

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